最近は製造につぐ製造で他のことには手が付かない状況が続いております。
有難い限りですが、あまり喜ばしい状況ではありません。
お客様へのケア、次の展開を考えたりということができず、頭の中も事業としても詰まっております。
ここを打開するのが最近の課題です。
先ずは新たなスタッフを招くこと。
週5日働いてくださる男性を募集します。
経験の有無は問いません。
くさわけを作りましょう。
興味がある方は是非ご連絡ください。
よろしくお願いいたします。
というような状況です。
作っているだけなので何も進んでいないです。
後手後手。
最低限のことをやっているという具合。
ですがその間に新商品「八束」のリリースや、展示会出展、雑誌の取材などもありました。
そのような時に、よく「意味」を問われます。
「なぜくさわけをやり出したのですか?」
なんとなく相手が求めてるような答えを言うときもありますが、たまたまとしか言いようがない。
「とは言え」
と自分に問いかけ何度も何度も考えてきましたが、今のところたまたま以外の答えが出てきません。
もともと情熱で動くタイプではないので、スパイスへの強い思いや、日本中の人々に自分が作ったものを届けたい、というような動機でもありません。
その時の社会の空気、体調、家族の状況、経済状況、思考、今までの経験、それらが一つのラケットになり、球がはじかれた方向に「くさわけ」があった。
それは「偶然」ということです。
衝動的に起こったことでそこに自分の意識はあるようで無いと思っています。
地球環境も、土地の特性も、今のくさわけが考えることではありません。
それは何も気にせず、使い捨てていくということではありません。
使えるものは工夫して使い続ける。
必要以上に使わない。
普通のことをやっていけばそれでいいと思っています。
なぜ、と問われたときに「たまたま」、となるのはこういう考えが頭の中にあるからです。
変えたいもの、守りたいもの、失いたくないもの、それらが起点になっていないからです。
「それでも何か一つ表に出すのがいいんじゃない?」
と指摘されるかもしれませんが、そんなことをすると好ましくない方向に進むので避けています。
好ましくないとは「一般的」な方向に進むことです。
それは他の人がやればいい。
自分にできることはその方向にはないだろう、と。
それも何かの衝動で変わるかもしれません。
なにがあるでしょう。
こんな所ですが是非一緒にくさわけ作りましょう。
まで。